ここ何年かのスペシャルティコーヒー・ムーヴメントにおいて、
いままでのコーヒーに加えて注目されるようになった要素がいくつかあります。
中でも、そのコーヒーが誰に・どこで・どのようにして作られたのか、という情報は、
軽く数年前と比較しても、様々な情報を、私たちは焙煎コーヒー豆のパッケージや
コーヒー豆を販売している店舗、またホームページ上で、得ることができるようになっています。
■コーヒーの品種と地域
そして今後ますます注目を浴びていくであろうトピックがあります。
それは、コーヒーの品種です。
コーヒーはエチオピアを起源として世界各地に広まり、熱帯を中心とした地域で栽培されています。
農産物なので、より多い収穫高やよりよい味を求め、様々な品種改良・交配が進んできてもいます。
そのほとんどは、その地域の気候・土壌条件に合わせて進められてきたものだと理解しています。
El Sal_internodal / counterculturecoffee
■コーヒーノキ – Wikipedia
各産地ごとに事情は様々あるのですが、個人的に今まで特徴的で美味しい、と感じたことの多い
品種と産地の組み合わせをご紹介したいと思います。
1.エチオピア イルガチェフェ、シダモ×野生種
エチオピアは、はっきりいって、品種に関しては未知なところが多いです。
そのため一括りに“野生種”という記述としていますが、これは実際に「イルガチェフ」とされている
コーヒーの見た目をじっくりと観察してみると分かるかと思います。大きさや形がバラエティに富んでおり、
様々な品種がミックスされてロットが構成されています。これは、同地域の複数の農家がチェリーを持ち寄って、
一つのロットを形成していることによります。しかしイルガチェフェやシダモのコーヒーは、
花やスパイスのような芳香と、さわやかなレモンのようなアシディティがあり、
エチオピアならではのフレーバーをつくりだしています。
2.ケニア ニエリ、またその他ケニア山周辺の地域×SL-28、SL-34
ケニアのコーヒーを研究していた機関、“スコット・ラボラトリー”の頭文字を関する品種で、
ケニアで栽培されるコーヒーの多くはこの品種です。乾燥に強い品種であり、
かつ抜群のカップクオリティなので、スペシャルティコーヒーのファンの中には、
ケニアのSL種を愛してやまない人も多くいます。私もその一人です(笑)。
3.パナマ ボケーテ×ゲイシャ
エスメラルダ農園の大躍進により一躍有名になった“ゲイシャ”。
起源はエチオピア。そこから研究のためにコスタリカに持ち込まれ、
パナマで植えられたのがその始まりと言われています。収穫性は低いですが、
花やスパイスの芳香とレモンのようなアシディティ、まるでコーヒーではないとも思わせる、
独特の、しかし素晴らしいフレーバーを持っています。
いまではエスメラルダだけではなく、同じくボケーテのママ・カタ、ドン・パチ、エリダといった
農園でも、素晴らしいゲイシャ種のロットを楽しむことができます。
4.グァテマラ ウェウェテナンゴ×パカマラ
カップオブエクセレンスで連続上位入賞、そして2008年では1位を獲得した、
グァテマラ、ウェウェテナンゴにあるエル・インヘルト農園のパカマラ種 は
トロピカルフルーツのフレーバーとアシディティ、花のような芳香が特徴です。
2011年からは、パカマラ種のロットをオークション経由で販売する運びとなり、
エスメラルダについで品評会から名実ともに有名になった農園です。
エスメラルダもエル・インヘルトも非常に厳しい品質管理とブランドマネジメントをおこなっており、
エル・インヘルトのTwitterアカウントは収穫の際の写真などもアップロードしているので、
ご興味ある方はぜひチェックしてみてください。素晴らしいです。→Arturo Aguirre (elinjertocoffee)
エル・インヘルトは、後述しますがパカマラと同じく大粒の品種であるマラゴジッペも生産しており、
2011年のカップオブエクセレンスでは3位に入賞する素晴らしい功績を残しています。
5.グァテマラ ウェウェテナンゴ×ブルボン
ブルボン種は比較的原種に近い(ティピカ種の変異種)といわれ、標高の高いエリアになると
素晴らしい完熟フルーツや、花のようなフレーバーを醸しだしてくれます。
グァテマラの中でもウェウェテナンゴは標高2,000mに迫るエリアもあり、
そういったエリアで栽培されているブルボン種のコーヒーはとても素晴らしいものがあります。
個人的に感動したのは、COEに入賞も果たした、モンテ・クリスト農園のコーヒーです。
6.ニカラグア ヌエヴァ・セゴビア×マラゴジッペ/マラカトゥーラ
ニカラグア、ヌエヴァ・セゴビアは、他の産地に比べると標高はそれほど高くありません。
1,400m前後といったところなのですが、気候がコーヒーの栽培にはとても適しており、
素晴らしいコーヒーを生産している地域で、個人的にも好きな地域です。
マラゴジッペ、マラカトゥーラは、突然変異で生まれた非常に大粒の品種で
独特のフレーバーがありますが、ことニカラグアにおいては花のような香りと、
厚みのある素晴らしいマウスフィールがあります。COEの上位に入賞することもあり、
その素晴らしさが近年評価されるようになってきています。
ざっと思いつくだけでもこれくらい、品種と生産地域の相性によって素晴らしいコーヒーが生まれています。
エチオピアはかなり独特な感じではありますが、それでも素晴らしいことには変わりありませんね。
■品種礼賛に潜む危険性
ここまで、様々な産地での取り組みによって発見されてきた素晴らしいコーヒーについて話してきましたが、
ここで述べているような品種ならでは、地域ならではの素晴らしさを 感じられるコーヒーは、実はほんの一握りしか存在しないことに触れなければなりません。なぜならコーヒーは農産物。生産処理の過程でどうしても、一級品のものとそうでないものが生まれます。いくら素晴らしいフレーバーが存在する品種であっても、その過程が適切でなければ、そのフレーバーは感じることはできません。
あなたの手にしたカップのコーヒーが素晴らしい美味しさのとき、もしかしたら上記のような、品種と産地の出会いで生まれた奇跡のカップかもしれません。しかしその逆、品種と産地の相性が良くても、生産処理の過程で別れた品質の劣るロットでは、その素晴らしさをカップにもたらすことは決して出来ません。
だから現状、品種や生産地・農園を基準にしてコーヒーを選ぶことは、あまり賢明とはいえません。
もちろん、あなたが普段から利用していて、美味しいと感じているコーヒー屋さんの扱っているものであれば、それは信頼出来ると思います。しかしこういった知識だけを鵜呑みにしてコーヒーを選ぶことは、いい結果をもたらすとは限りません。このことは、しっかりと覚えておいてほしいと思います。
■コーヒーを楽しむために
より素晴らしいコーヒーを作り出すために品種に注目することは、決して悪いことではありません。この記事を書いているこの瞬間にも、世界のどこかではコーヒーの花が咲き、またどこかでは収穫の真っ最中でしょうし、またどこかで新しい品種のトライアルが始まっていることでしょう。そして幾つものトライアンドエラーがあって、上述のような素晴らしいコーヒーに、私たちは出会うことができます。
品種の植え替えには多大なコストがかかります。その土壌へのインパクトもあるでしょう。並々ならぬリスクを背負ってコーヒーを新品種を生産している農園がほとんどのはずです。あのエスメラルダでさえ、ゲイシャは手間の割に収穫量が少なくて割に合わない、といわれていたのですから。それは結果として高品質なコーヒーを求めるムーヴメントと合致し、大きな利益をもたらし、ゲイシャのブームを巻き起こしました。
私達にできることは、美味しいコーヒーを楽しむこと、ただそれだけです。いちスペシャルティコーヒーのファンとして、正当な取引のもとに届けられたコーヒーを購入し、その多様性を楽しむことができれば、私は何も言うことはありません。
その手にした素晴らしいコーヒーがそうやって多くの人が関わることによって届けられたものだと知ること、実はこのことが、今の日本のスペシャルティコーヒーに必要なことなのではないのかな、と考えています。
Enjoy your cup of coffee comes from a cerebration of diversity !